平成最後の繁盛記〜平成の幸せを令和に〜

繁盛記を初めて書いたのは1998年1月、つまり平成10年。
あの時私は31歳。
早20年の月日がながれました。
パソコンなるものを深山荘へ導入、師匠は磐梯熱海温泉きらくやの社長英男さん、そこに今もお世話になっているが当初のホームページ立ち上げからナフメディアさん。
パソコンは高かったなぁ〜。
まだ小さかった我が家の子供たちが触ろうものなら「ダメダメ壊れる〜」ってパパからの警告ありの。
パパが使えば授業料は高かった-_-
いやいや、ほんと色々ありました。私は仕事道具として携帯を早くに購入、携帯も20年ですね。

確かに一つ言えるのは、あの時にホームページを作って営業してなければとうに、とっくのとうに深山荘はなくなっていたでしょうね。

客室4室、こんな小さな宿屋が最大限に発揮できたこと繁盛記も連続更新のブログもです。

時代はフェイスブックやツイッター、インスタグラムへと。ブログの更新も今やスマホから。


私どもも深山荘も年を重ねて参りましたがこれからも変わらずにいられるのは何だろう?
日々模索、変わらないのはお客様への感謝やおもてなしの心。
初めて私が女将としてお客様をお迎えした日のこと、
色んなこと忘れずにやっぱり前進したいです。

平成に結婚、子を産み育てました。
お陰様で全員成人して二人は社会人として今はそれぞれの役割を果たしていると思います。忙しくて手をかけてやれませんでしたが部活に勤しみ、逞しく育ってくれました。末娘は何度も何度も想像妊娠の果てに授かり、途中あまりの妊娠悪阻の酷さからドクターからも諦めるようにとすら言われながらも産まれたのは平成11年1月11日の一並びでした。
おぶって洗い物して、背中の子は頭をぶつけながらに私は掃除して泣く子を実家のじいちゃんやばあちゃんに預けて。
時にはご近所さんが子育てをサポートしてくれ本当に恵まれました。

スタッフのYさんのお陰で私は子供の行事にも参加させてもらえました。心強いのはそこにありましたね。

そんな平成、何が一番って戦争が起こらなかったこと。
誰も戦死をしていないということ。

令和がどんな年を重ねてゆくのか、私はどうしてゆくのか、どうか災害が無く、やはり平和を願っています。
令和が何年、私もあと何年生きられるかはわかりませんがお客様をお迎えし、この手が続く限りのブログと繁盛記の更新をしていきたいと思います。

仕事の現役はちょっと何歳までとは思い描けないけど、孫やひ孫をみたいとの思いは人生100歳まで、必然的に夫は104歳まで。
しかしながらちょっと控えめに夫をたてて、夫100歳のお祝いまでにします。


これにて繁盛記パート7はおしまい。来月は新たにパート8スタートです。

・・追伸
今やスマホを手にしてインスタまでやっている夫、たまにはブログでも更新して欲しいわ。
懐かしい初めての繁盛記。
深山荘は こちらより>>
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