去年11月からの特別室改修工事は新年明けてからは各所点検やら申請で
大変でした。
雪降る日が増え
南会津から通う大工さんは泊まりがけで仕事になりました。
その頃母の容態は悪い方に加速、新しく生まれ変わる特別室へ、そして誰よりも一番に温泉に入れてあげたい思いで、設計士の先生とも調整していたのが、ついこの間のことのように思い出されます。
しかしながら
リニューアルオープン前日温泉の開始許可がおりてさあと言う日に母は
吐血
最後の入院になってしまいました。
コロナ禍、面会が叶わず
病院での発する言葉は「家に帰りたい」だったそう。
リニューアルオープンした特別室はお陰様で沢山のお客様からのお問い合わせいただき連日、特別室希望の方は、
介護されているお客様、赤ちゃん連れのお客様、はたまたご両親様をご招待のお客様と幅広くご利用していただき、工事をやり本当に良かったと思いました。
そんな3月
コロナはまた勢いを増し
またまたキャンセルが増えた。合わせて母の死期宣告。
面会叶わない父の寂しがる姿をみて、自宅看取りを希望。
点滴交換や管からの投薬、清拭など連日病院でレクチャー受け、自宅の一室を病院と同じに準備、訪問看護、往診、ヘルパーなど準備を整えて退院。
初めは仕事しながら深山荘と実家往復を一日中、
しかし限界は直ぐにきて
予約頂いておりましたお客様に頭を下げて日延していただきました。
大切なお日にちを本当に申し訳ございませんでした。
母の余命は月単位から週単位にかわり24時間かかりきりの在宅ケアに。
医療関係のお世話になりました皆さまには、本当に感謝しかありません。
最後まで生きて治りたいそう言っていた母が、
意識朦朧とした中で唯一の喜びはひ孫が来て耳元で「ばあちゃん、起きて~」とピアノを弾いたり歌を歌ったり。目を開けて微笑んでいました。
ひ孫パワー恐るべし!!
そんな4月13日朝
静かに家族に看取られ自宅死去。享年88歳。
そんな朝、長男の第三子が誕生しました。4人目のひ孫。
それから数ヶ月後に長女の第二子が誕生。5人目のひ孫。
今現在85歳父、元気に一人暮らしを貫いています。
介護から要支援に、頑張ってできることは自分でやると85の手習炊飯器、洗濯機はばっちり使いこなしています。
新盆まではなかなか落ち着かない日々でしたが
一つ一つ過ぎ
年の暮れ12月。
合葬墓完成。
私が引き継いでいた母方のおばの墓を改修しまして佐藤家墓、そして実家家墓を墓じまい、先祖様離眼供養しまして母も納骨。
晴れ晴れしたような父をみて、100まで元気に沢山笑っていてほしいそう思うばかり。
とにかくお世話になりました皆々様に心より感謝申し上げます。
この私どもの経験が今現在、人からの相談を受けることが増えました。
介護、自宅看取り。墓じまいなどなど。
悲喜こもごも、令和5年は今日で終わり。
今日という日を迎えた喜びは感謝して手を合わせ
必ず明日が来ますよう。
人を大事に、自分を大事に。今日より明日と生きましょう。
今耳の中に聞こえるは古関裕而さん、福島県出身の、
野球殿堂入りした作曲家。
「栄冠は君に輝く」が高々に響く。
2023ありがとう!!
※ブロック作品は
孫たちが新築深山荘を完成させたものです。
記録として。